第807回 『阪急電車』における、励ましのリレー

2013年12月18日

冬休みが近づいてきました。お家でテレビを囲む機会も多くなるかと思われます。今日はご家族でご覧になれる、心温まる映画を1つ紹介いたします。

 

NHKで放映されて心に残り、DVDを購入した邦画です。ごく日常的な市民生活が題材となった地味な内容ですが、人の心の温かさや、見知らぬ人との心の通い合いが印象的な秀作であり、ぜひ推薦したいと思いました。
映画『阪急電車~片道15分の奇跡~』(2011年・三宅喜重監督)です。

 

阪急は関西・老舗の私鉄です。その中の「阪急今津線」のうち「宝塚駅」から「西宮北口」まで、8つの駅とホームや周辺の街が、映画の舞台です。

この映画の主役となるのは、さまざまな世代にまたがる、世間の普通の女性たちです。それぞれが急な不幸や、ずっと続く悩みに向き合って暮らしています。・・・・・・婚約者を同僚の後輩に奪われた女性、イケメンだがDVの激化する彼氏に悩む女子大生、息子夫婦とぎくしゃくしながら孫の面倒を見るおばあさん、セレブ気取りの奥様グループから抜け出せずに疲れる中年主婦、地方出身の素朴な人柄ゆえ派手でおしゃれな大学に馴染めない女子大生、社会人と交際中だが志望大学に届かず悩む女子高生、いじめで孤立しながら毅然と通学する女子小学生・・・・・・。

 

もとは相互に無関係な人びとですが、電車の車両の中で、ホームの上で、登場人物たちの急な出会いや触れ合いが展開されます。それぞれの人生が偶然に交錯するのです。「片道15分間の短い時間で、温かい奇跡のドラマが紡ぎ出される」~これがこの映画のモチーフです。
通学や通勤で、または特別の予定で、行きずりの人びとの様々な人生を乗せて電車は走ります。どんなに車両や駅が乗降客で混雑していても、周囲の名前の知らない人たちは、自分の人生には何の影響ももたらさないのが基本です。それでも毎朝、毎晩に乗り慣れた車両には、見慣れた顔ぶれがいるものです。顔見知りの中から思わぬ対話が生まれることもあるでしょう。ありふれた日々の電車の世界で、思わぬ出会いやつながりが生まれる可能性があることは、私たちの経験するところです。

それだからこの映画の設定に、視聴者は親近感を持ち、共感を覚えるのでしょう。そしてこの映画が特に優れているのは、感動を与えるのは、登場する人びとの間につながった“励ましのリレー”の有り様ではないかと思えました。

 

映画は、婚約者に裏切られたOLが、純白のウェディング・ドレスで元彼の結婚式に乗り込む衝撃のいきさつから始まります。その帰宅途中の電車で好機の視線を集める彼女に、孫と一緒の老婦人が声をかけます。曲がったことが嫌いで、人生の機微を知り尽くしたおばあさんは一瞬で相手の状況を洞察し、心こもる慰めと的確な助言を伝えるのです。
最後の方では、傍若無人に騒ぎまくる中年女性のグループを叱責する勇気に頭が下がります。その老婦人から、暴言暴行を続ける彼氏との離別を駅のホームで忠告された女子大生は、大騒ぎグループからようやく離れた気弱な庶民主婦に、今度は気遣う立場でつき合ってあげます。
(明日へつづく)