第688回 被災地へ派遣された公務員の人びと(1)
前期中間試験の第3日です。
今日は、東日本大震災の被災地をめぐるテレビ番組で、最近視聴して特に深い感銘を受けた報道特集について、概要を紹介したいと思います。
NHKスペシャルで、『東日本大震災“応援職員”被災地を走る~岩手県大槌町~』という番組です。大槌町では、大津波と火災で市街地は壊滅的な被害を受け、町役場も飲み込まれて町長も含めて職員がおおぜい亡くなりました。
役場の中のまちづくり担当の部署では14名中12名が犠牲となり、ふるさとの再生は町の外から来た応援職員の手に委ねられることになりました。旧大槌小学校に置かれた臨時役場を拠点に、半年または一年の任期で全国から派遣された公務のエキスパートの人達が、“地域の再生”という難題に支援のバトンをつなぎながら関わることになったのです。
番組の主人公は、土地区画整理事業に関わる「都市整備課」の「区画整理班」の人達です。7人のうち6人は埼玉県や大阪府からの派遣で、そのリーダーを務めた小林武さん(44)の一年間の苦闘(この4月末まで着任)を中心に追跡しました。
小林さんは川越市に妻を残して志願しての単身赴任です。仮設住宅の4畳半ひと間の生活が始まります。まず広い現地を丹念に歩き、被災地前の地域の写真をじっくり見て、町の歴史、文化まで勉強します。
班の仕事は、「市街地の高台移転」、「全体で2mのかさ上げを経ての区画整理」、「郊外の地区における学校・防災道路の建設の準備」など大変な事業ばかりです。5千人もの住民の暮らしに直接関わり、住民との集会では土地の削減・提供や移住への不安が表明され、後手後手になっていると批判されます。
最も大変な仕事は、約800名の地権者との交渉です。役場には全地権者を図示する大きな地図が貼られ、交渉できた各区画に色が塗られていきます。根気の要る長い道のりです。所在が明確な方々から始まり、一件一件家庭訪問します。仮設住宅にも数多くの方がいます。「開発で仮店舗の営業が出来なくなる」と区画整理そのものに反対の人もいます。移転時期と補償額もそれぞれ異なります。 行方不明で死亡や県外転居が確認されたり、相手にたどり着くまで1か月以上もかかったり、10回以上も訪問して説得をはかることもしばしばでした。祖先から受け継いだ地元の暮らしに誇りと愛着を持つ住民の気持ちを理解できるからこそ、粘り強く誠実に説得に努めるしかないのです。
役場には連日、問い合わせや苦情の電話や訪問も相次ぎます。「外の人間に何がわかるか」といった非難を受け、期限が日々迫る中で、ストレスが溜まる他ありません。再来年からの住宅再建開始に向けて、この秋までに「街の青写真作成」、「地権者の了解」、「かさ上げ工事開始」に、通常のペースよりずっと短期でこぎつけなければならないのです。
少ないスタッフで先の見えない膨大な業務を担う中で、町の職員全体で心の病にかかる人が続出し、区画整理班では、ついに年越しの時期に関西から派遣されたスタッフが自ら命を絶つ事件が起きました。小林さんは“戦友”を失った衝撃に慟哭し、涙がつきるまで泣くのです。疲労で連絡なく出勤しない別の同僚を心配する場面も痛切でした。
それでも休むことなく通い詰めて、地権者の承諾を広げていきます。全体を待たずにかさ上げを準備する行程に切り替え、反対を続ける家には何度も足を運び、“小林さんを信頼するから”と了解を取りつけるのです。(明日へつづく)