第850回 フロム『愛するということ』に学ぶ ①
昨日は、ぽかぽか陽気の昼間にはじめて春の訪れを感じました。私の住む地域でも、雪融けがようやく終わっていつもの景色が戻りました。
学年末試験の第2日です。朝の電車でもノートやテキストを開く多数の在校生の姿に接します。一方でおいおい大丈夫かいと声をかけたくなる人もいます。最後のプッシュが大切なことを伝えたいです。
最近特に心に残った書籍について、今日から三回かけて紹介させて頂きます。
エーリッヒ・フロムの著した『愛するということ』(1956年刊)という本です。NHK教育テレビ(Eテレ)の『100分de名著』という番組は広くお勧めしたいシリーズですが、バレンタインデイに因んで、その2月のテキストとして採り上げられました。4回連載の今回の番組は特に面白くて、TVテキストを購入し、原作の新訳とともに読んで、理解を深めることができました。
この本の原題は“The Art of Loving”。あたかも恋愛のハウツー本かマニュアル本のようですが全く違う内容です。誤解されやすい「愛の本質」について深く分析し、誰もが自覚すべき人生の課題を述べた思想書です。
エーリッヒ・フロム(1900~1980年)はドイツでユダヤ人として生まれ、ナチス政権とファシズムを真っ向から批判した人物です。迫害を逃れてアメリカに渡りましたが、二度の世界大戦を経験した危機意識から、精神分析と社会科学の成果を融合して現代社会の構図を鋭く分析し続けました。そして真の幸福を求めて人間性の回復を説きました。
フロムは、「愛とは誰もが簡単に浸れる感情と思われているが、実は愛とは人間の成熟が問われるものであり、愛の技術を身につけるには愛の理論を学んでその習練に励む必要がある」と問題を提起します。
高度に発達した資本主義社会のもとで、人びとは経済を動かす大きな力に翻弄されやすく、愛の本質を見失っている。そこにはまず愛を「愛するという問題」でなく「どうすれば愛されるかという問題」として捉える誤解がある。また「愛することは簡単だが相手を見つけるのは難しい」と「能力」でなく「対象」の問題として誤解している。しかも愛の対象を選ぶ際にも無意識のうちに市場原理に影響され、「お買い得」や「掘り出し物」を求める感覚すら出ている。「恋に落ちる」体験と愛を持続させ育む体験が混同されやすく、いずれも自由恋愛の時代になって陥りやすい誤解となったと、フロムは説いています。
現代日本の若者こそ、フロムのこの本が再び読まれて欲しいと、新訳とこの講座を担当した鈴木晶教授は語りかけていました。
数か月か数週間つきあっただけですぐに気にくわないと別れるカップルがいかに多いことか。一方ネットで充分、人とは直接関わりたくないとか、恋愛なんて出来ない、とひきこもりになる青年がいかに増えたことか。傷つくのが怖いと自己愛にこもり、独りの世界に留まる姿が懸念されるのです。
ストーカーによる事件も急速に増えています。人間は本来、誰かに認められ、誰かに愛されているという実感がなければ、自我が崩壊する危機と隣り合わせの存在であるとフロムは指摘します。承認への要求が強過ぎ、「愛されている自分」というストーリーを完全否定され、修正を加えて新しい物語を紡ぎ出すことができないため、自己中心主義が加速して破滅的行動へ向かうのだと説明されます。
フロムは、当時の米国社会にすでに広がっていたこうした傾向を見ぬいていました。そのため「愛されたい」とばかり願う人間の独りよがりな「愛の誤解」についてまず分析したのです。(明日へつづく)