第852回 フロム『愛するということ』に学ぶ ③
学年末試験の第4日です。「終わり良ければすべて良し」と言います。最後の試験科目の総復習まできちんと頑張れる粘り強さを、在校生の皆さんに期待しています。
さて、フロムの名著を広く紹介したいと思いたち、今回も3回目の長い連載になるのをお許し下さい。
フロムの考察は、「人間はいずれ死ぬことを自覚し、孤独という宿命と向き合う存在である」との認識に立脚しています。「孤独の恐怖を克服するために人間は他者との一体化を目指すが、それが愛の本質であり、幸福な人生を送るための基本課題である」とし、ただし「愛されるよりも愛すること、愛を与えることこそが大切である」と愛の能動性をフロムは強調します。
愛を与えるとは、自分の中に息づく全てを与えることであり、自己愛を土台にしながら相手を思いやることです。そして愛に必要な四つの能動的性質として「配慮」「尊敬」「責任」「理解」についてそれぞれ述べています。こうした部分の著述は、今の自分の生活や周囲との関わり方を振り返る上でも判りやすい指標だなと思われました。
その後フロムは、「親子の愛」から「兄弟愛」「母性愛」「異性愛」「自己愛」「神への愛」と、愛についての論究を古今東西の哲学や宗教を参照して進めていきます。少し難解なところです。そして執筆当時の欧米社会の経済や生活の現実の中で、「偽りの愛」や「未成熟の愛」が蔓延した様相を分析します。この辺も半世紀を経た現代の日本社会に当てはめてみて、基本状況は変わっていないことが浮かび上がります。
そしてフロムは終章で「本当の愛を手に入れる」ための「愛の習練」について問題提起を行います。TVテキストでは、「おひとりさま」が歓迎される現代日本の姿が描かれます。大家族が同居するよりも、核家族、更には単身世帯が激増した方が、電化製品はもちろん全ての財貨やサービスは飛躍的に消費が伸びるものです。資本主義経済にとって好都合な社会システムが広がり、人間の生活や考え方も操作されていく傾向に対して、フロムはすでに警告を送っていました。恋愛を取り巻く商品の市場が成熟し、その消費行動が生活の中で優越する傾向は、現代において更に“洗練”されてきています。
フロムは、「二人の人間が自分たちの存在の中心と中心で意志を通じ合うとき・・・はじめて愛が生まれる。・・・・・・そうした経験にもとづく愛は、たえまない挑戦である。・・・・・・愛があることを証明するものはただ一つ、すなわち二人の結びつきの深さ、それぞれの生命力と強さである。」と述べます。相手と自分は対等であり、自分と同じように相手を尊重し、理解し、相互に成長できる関係を築くことが愛だと述べるのです。「愛することは個人的な経験であり、自分で経験する以外にそれを経験する方法はない・・・・・・・目標への階段は自分の足で登っていかねばならない。(以上80~81ページ)」との指摘には襟を正す思いになりました。
フロムは続けて、愛の技術の習練のための前提条件として、「規律」「集中」「忍耐」の重要性をそれぞれ説明します。特定のスポーツや芸能の習得をめざす人びとにも求められる内容でしょう。
そしてフロムは、愛を達成するための基本条件に言及します。特に「信念」と「勇気」をキーワードに、その習練を日常的に積んでいくことを奨励します。
最後に、愛の不在の原因となっている社会的な諸条件を批判し、社会構造の根本的な変革を求める課題を直視すべきであるとし、「愛の可能性を信じることは、人間の本性そのものへの洞察にもとづく理にかなった信念である」と述べて、この書の結びとしています。
自分が大学に入学した頃、フロムの別の著作である『自由からの逃走』を読んで圧倒的な感銘を受けたことを思い出します。
1930年代の欧州諸国になぜファシズムが成立したのか。ヒトラーの独裁と暴走をドイツ民衆が熱狂した支持したのはなぜか。・・・・・・社会科学や精神分析の知見を融合し、当時の社会構造や人間の心理に鋭く切り込む分析にとても共感し、専攻分野への関心を深めました。
フロムはさらに第二次大戦後に、アメリカの資本主義経済が人間の本質や愛の喜びとはかけ離れた方向で発達していく現実に対して危機感を深めました。改めて人間の実存に立ち戻って考察し、素晴らしい愛を求め、成熟した人間へ成長しようとする人間が広がることで、社会の変化や改革を再建する展望が芽生えていくことを強く期待したのだと考えられます。その巨大な宿題は、我々の世代に引き継がれ、問われているのだと自覚しました。
長くなりましたが、拙いまとめをこれで終えます。若い世代や保護者の方々に広く推薦させて頂きたいです。新訳の本はもちろんですが、手がかりとして大きな書店にまだ置かれているTVテキストからまずお勧めします。NHKのEテレではこの先どこかでまとめた再放送も行われるはずなので、関心を持たれた方は注意されて視聴して頂ければ幸いです。