第857回 学園生活からそれぞれの未来への旅立ち
年度末の諸会議を中心とした一日で、生徒の部活動などの登校は午後の限られた時間になります。夜には10日の通信で紹介したように、藤沢市民会館でヤングアメリカンズの公演が行われます。本日は、先週土曜日の高校卒業式の様子について、ご紹介いたします。
学園生活最後の節目、高等学校の卒業式は、本校アリーナで実施されました。
一人ひとりに卒業証書を授与しながら、それぞれすっかり大きく立派に成長した姿に向き合い、深い感慨がこみあげました。皆出席賞授与は1年間、3年間に続き、中高6年間が15名、更に小中高12年間が3名もいました!宮川和之君、小野有貴さん、池田圭輔君です。更には幼小中高14年間皆出席も1名いたのです!堀田実希さんです。ひときわ盛大な拍手がわいたのはいうまでもありません。長期にわたる皆出席を達成した皆さんの背後には、お母様方を始めご家庭のお支えがどれだけあったのか、本人達も時には無理しても頑張ってきたのかと思うと、今回も読み上げにつまるほど心が震えました。
在校生代表・高2種子島隼君(現総務委員長)の送辞から紹介します。先輩方の個性豊かで温かい人柄に憧れながら、生徒会総務を5年間続けてきたことや、その素晴らしい企画力や団結力に感動し、皆で一致団結して1つのものを創り上げ全員で楽しむ姿から大いに学んできて、今の自分があることが語られました。チャリティー募金を始めて、被災地の高校へ直接届けようと訪れて衝撃を受けたこと、夜を徹して活動の継続を誓い合ったことも紹介されました。最高学年になって責任の重さや指導の難しさを痛感しながら試行錯誤したこと、先輩方の偉大さを思い知りながらも、縦のつながりで共に取り組めることこそが学園の素晴らしい伝統であることを改めて確認し、次の後輩達に引き継いでいけるように努めていきたいと力強く述べてくれました。
卒業生代表・柴田正太郎君(元総務委員長)の答辞からも紹介します。この6年間は“楽しかった”と一言で言えるほど軽いものでなく、時には努力しても結果が伴わなかったり、意見の対立から友達とぎくしゃくしたり、落ち込む友に何もしてあげられなかったり、全部投げ出したくなる日まであったこと。でもどんな状況でも周りには手を差し伸べてくれる人達がいたこと。いつも見捨てることなく育て教えてくれた先生方。疲れはてた私達をいつも温かく迎え入れてくれた家族。あまりに当たり前で言葉にすることがなかったけどと、両親へのこの18年間の感謝の気持ちが改めて表明されました。仲間との出会いとつながりは偶然でなく必然だと思えるとし、後輩へは遠すぎる目標を前に悩む時は、横を向いてやはり努力している仲間を確認し、焦らずに目標への途中の景色を楽しみながら仲間と共に一歩一歩進んで欲しいと助言していました。学園生活で受け取った大切なものをこれから出会う誰かに分け与えるように進んでいきたい、学園が今後も生徒一人ひとりにとって最高の出会いの場となるように祈っています、と締め括っていました。
卒業生からの提案により、今回は6年間の学園生活の想い出をたどるスライドショーが大スクリーンに映され、卒業生による『さくら』(森山直太朗)の歌が会場の皆さんに届けられました。スライドの内容は、学園生活の多彩な青春の1コマ1コマが多彩にコミカルに編集され、先生方の紹介まで加わる入念な力作で感心しました。
例年通り吹奏楽部の演奏と、生徒会総務委員のサポートも受けて式が運営され、最後は会場を去る卒業生と学年教員を見送る拍手が続きました。その間、卒業生達が学年の先生方の前を通り過ぎる際は例年の光景とはいえ、今回は実に20分以上も交歓の場面が続きました。女子も男子も多数の諸君が泣いていて、先生達と語り合い時には抱き合い、列がなかなか進まないのです。長い年月の関わり合いの中で深まった絆の深さを示す感動的な場面でした。
その後、クラス毎に記念写真撮影、そして最終のHRがありました。クラブごとの送別会なども毎年恒例になっており、長時間の和やかな会がいろいろと盛り上がったようです。毎年多数の卒業生諸君がこの日に合わせてお祝いに来てくれ感心するばかりでした。カフェテリアも臨時で開業して下さり、多数の卒業生と保護者にゆっくりくつろいで頂きました。
夜の「卒業を祝う会」も盛大でした。中1から高2までの全クラスの合唱コンクールの様子が上映され、皆が団結して歌う懐かしい様子や成長の様子に感動がよみがえりました。卒業生諸君のダンスを中心にしたパフォーマンスはパワフルで大いに楽しめ、学園教員のバンド演奏は送別のメッセージに満ちた素適なコーラスでした。抽選プレゼントは豪華な内容で盛り上がり、出席した教員全員と役員のお母様方からの言葉に卒業諸君は聞き入ってくれました。教員はメッセージ入りで立派な花束まで頂きました。
その後も卒業生諸君、保護者の方々との懇談や写真の輪が長く続きました。学年委員を中心に保護者の皆様方には、この祝う会のご準備にご参加と最後まで大変なご尽力頂きました。誠にありがとうございました。
最後に、卒業式における校長式辞を、今回もご紹介させていただきます。
保護者の皆様、お子様のご卒業、誠におめでとうございます(一礼)。
本日の、湘南学園第62回高等学校卒業式には、
学校法人を代表して、理事長の辻様(一礼を促す)、
PTAを代表して、PTA会長の浦田様(同)、副会長の種子島様(同)
そして全学を代表して、仲本学園長先生(同)、
以上の方々のご列席を頂いております。謹んでお礼を申し上げます。卒業生の皆さんと湘南学園との関わりは、6年間、あるいは12年間、14年間の長い年月にわたりました。先ほど皆出席賞の授与を行いましたが、今回も対象者の多いことに驚きました。中高6年間を皆勤した人が15名、小中高12年間を皆勤した人が3名、更に幼小中高14年間を皆勤した人が1名いたのです。本人だけでなく、お母様やお父様も合わせて表彰させて頂きたい、と強く思われました。
卒業生の皆さんは、とても快活で自主性にあふれ、仲間を大切に思い合える素晴らしい学年でした。学年通信の「CHALLENGE」で、学年主任の伊藤先生が皆さんの「学年力」の高さについて言及していたことを思い出します。創立80周年の記念誌では「主体性とメンバーシップにあふれた生徒達」と表現されていました。私が思い出すのは、まず中2の時の「学年の日」のことです。富士山の見える湖畔に泊まりましたが、実行委員の人たちは先生達がノータッチでも全体を集中させ、意思統一できる力がありました。集会や食堂の場で、あるいは体育館で学年全体がすぐに協力して動ける様子が見事でした。総合学習の発表や総務委員の補充選挙などで、仲間が発言したり発表する時には皆でちゃんと聞こうという雰囲気が人一倍出来ていたのが印象的でした。高1の時の学年の日は「ミニ体育祭」の運営が予想以上に苦労したそうですが、その反省会では「スクラムを組み直して次年度は後輩をしっかりリードしよう」との決意を固め、翌年高2の全校行事ではチームワークの良さを存分に発揮してくれました。
また高2の研修旅行では、春休み前から準備委員会が動き始め、全国8コースものプランを練り上げ、連休前の学年プレゼンテーションを成功させました。そのたたき台に学年教員も一緒になり、豊富な学習内容と独自性にあふれた行程を仕上げたのです。部活動でも運動部・文化部それぞれに優れた成果をあげてくれました。
そして大学受験へ向けては、指定登校期間に入ってからも、冬期講習、年末年始やセンター試験後の自習と大勢の諸君が登校を続け、励まし合って追い込みの勉学を続ける姿がありました。
学年の先生方は、冬休み前の壮行会ではなむけに激励の歌を届け、センター試験の両日も皆で現地に激励に行き、受験シーズンの間も個別の小論指導や面談など精一杯の寄り添いに努めました。卒業生諸君と先生方の絆は一層深まったことでしょう。
現時点においては、皆さんの立場には違いがあります。第1志望の大学や専門学校に合格して心はずむ人たち、まだ大事な発表を待つ人たち、そして今回は届かずに来年の春へ向けて捲土重来を期す人たちに分かれています。
この差は大きいものですが、人生はこれからがずっと長い道のりです。この先には人生の大きな方向を決める重要な岐路がいくつも待っています。その節目節目でそれぞれ自分の気持ちを整えて、最善の進路を選びとっていきましょう。
卒業にあたって皆さんに一冊の本を紹介します。エーリッヒ・フロムの『愛するということ』という本です。「愛の本質」について深く分析し、誰もが自覚すべき人生の課題を述べた思想書です。
このフロムという人物は、ドイツでユダヤ人として生まれ、迫害を逃れてアメリカに渡り、ナチス政権とファシズムを真っ向から批判した学者です。悲惨な世界大戦を二度も経験した危機感から、精神分析と社会科学の成果を融合して、現代社会の構図を戦後も鋭く分析しました。資本主義が高度に発達した当時のアメリカ社会で、人びとが本当の愛を得られずに孤独を深める姿を見て、この『愛するということ』という本を著したのです。
「人間はいずれ死ぬことを自覚し、孤独という宿命と向き合う存在である」という認識がフロムの出発点です。「孤独の恐怖を克服するため、他者との一体化を目指すことが愛の本質である。しかし愛とは誰もが簡単に浸れる感情と思われているが、実は人間の成熟が問われるものであり、愛の技術を身につけるには愛の理論を学んでその習練に励む必要がある」と問題を提起しました。
孤独の克服のために人間は様々な努力をします。宗教的な行事やお祭りで、スポーツの応援に熱狂して盛り上がる場面も一例です。自分の属する集団の中で同じ行動をとり、つながる欲求を満たすのも一例です。現代ならケータイやスマホをいつも手放せずにSNSに没頭する姿が想起されます。例えば「ライン」の既読表示機能も話題になります。また自分の仕事に打ち込んで創造性を発揮する喜びに恵まれる人びともいます。しかしそのような方法だけでは、その時は癒やされても再び孤独に戻る不安と背中合わせなのです。
人間を孤独から本当に救い出す唯一の方法は愛である。しかし未成熟な愛でなく、成熟した愛とは何かを理解すべきだと、フロムは語りかけます。成熟した愛とは、自分の全体性と個性を保ったままの結合である。愛は人間の中にある能動的な力であり、他の人びとから隔てている壁をぶち破り、人と人とを結びつける力である。愛によって人は孤立感を克服するが、自分の全体性は失われない。
愛することは個人的な経験であり、自分自身が経験する以外に方法はない。目標への階段は自分の足で登っていかねばならない。そこでは、相手への「配慮」「尊敬」「責任」「理解」が求められる。そしてその習練のためには、「規律」「集中」「忍耐」が必要だと説かれています。スポーツや芸能のスキルを磨く時と同じ様に、愛の技術を磨く努力が必要だというのです。そして愛を達成するための条件として、フロムは特に「信念」と「勇気」を重視し、その習練を日常的に積んでいくことを奨励しています。
「愛されるよりも愛すること、愛を与えることが大切である」と愛の能動性を強調するフロムの助言は、現代日本の若者にこそ届けたい教えではないでしょうか。
例えば、簡単に出会うがすぐに気にくわないと別れるカップルが多いこと。一方でインターネットにこもって他人とは直接関わらず、恋愛なんて出来ないとひきこもりになる青年が増えたこと。ストーカーや通り魔などの犯罪も急速に増えました。人間は本来、誰かに認められ愛されているという実感がなかれば、自我が崩壊する危機と隣り合わせの存在だとフロムは指摘します。誰からも認められず、愛される自分をどこにも見い出せないまま、破滅的な行動へ向かうのです。
フロムは1950年代に、現代の経済が人間の本質や愛の喜びとかけ離れた方向で発達していく様子に危機感を深めました。そこで素晴らしい愛を求め、成熟した人間を目指す生き方が広がることで、この社会の改革の展望が拓けていければと期待したのです。その大きな宿題は我々の世代に引き継がれ、現在も切実に問われているのです。
卒業生の皆さんは、この湘南学園で様々な学習や体験・交流に積極的にチャレンジしてきて、すでに今後の人生につながる豊かな人間力を蓄えてきています。
皆さんへの願いは、たった一度の自分の人生を愛おしみ、大切にすることです。
それぞれが選んでいく人生の舞台で、揺るぎない幸せを築いていくことです。
信頼するパートナーに巡り会って愛を育て、職場や地域で新たなつながりを自分から積極的に広げ、社会の進歩に貢献する人生をどこかで歩んで頂きたいです。
「自分の輝く未来」にこだわり、自分の能力や持ち味を発揮できるポジションを、息長く地道に探していきましょう。人生のルートはふとしたきっかけや偶然からも拓けるものです。新たなつながりに感謝しながら、周りを気にし過ずに楽観的に生きていく力を身につけて頂きたいです。
どうしても上手くいかない時には、ルートの変更も出来ます。希望を修正したり、挫折や失敗も糧にして、新たな展望を拓いていけるものです。
「これで良かったんだ」という振り返りが出来ること、自分がたどってきた道のりを肯定して統合することが、くずれない幸せを築く支えになります。
皆さん、自分の人生の主役であり続けましょう。時代の趨勢や動向にしっかりと目を向けながら、騙されない見識を身につけ、生活のリズムを切り替える力や、心身の安定を守る力を養っていきましょう。
また困難な時こそ、学び続けることが重要です。大変な仕事、新たな重責、人間関係などに悩む時、同僚や友人や先輩の助言を求めることが必要です。自分の抱える問題をより広い視点から捉え直して、課題を発見するには読書も重要です。一冊の書籍から知恵と光をもらい、出口が見つかることもあるものです。
来週火曜日に、東日本大震災から三周年の節目を迎えます。
被災地の現在の様子と、復興に向けた様々な努力に関心を持ち続けましょう。故郷に戻れない中で、新たな場所で頑張る人びとの懸命な姿にも目を向け続けましょう。自分の日常生活が、社会の無数の人たちの仕事によって、家族や友人によって支えられていること、そのありがたさを自覚しながら暮らしていきたいものです。
この春から、または次の春から皆さんを待つキャンパスライフは、全国から集まる新たな出会いに満ちた楽しい時代です。その先には、就職という課題があります。先輩の世代が過剰な「就活」の圧力にさらされ、「ブラック企業」などの情報が蔓延している現状を、皆さんも心配していることと思います。
しかしこの世の中は驚くほど広大です。尊敬すべき生き方や仕事、その人たちのつながりが網の目のように広がっています。そこにしっかり目を向けていきましょう。縁あって出会った人びとに広く愛を届けられる人間になって頂きたいです。周囲の人達への心のこもった挨拶や、気になる人への勇気ある声かけ。ふだんの自分の振る舞いこそが出発点です。
さて、昨年の秋に80周年記念館が完成しました。卒業生の皆さんにはとても短い期間でしたが、ランチタイムとアフターヌーンタイムでカフェテリアを利用してもらいました。学園のカフェテリアは、在校生や卒業生の保護者が中心となり、学園生の健康と成長、そして食育の進展を願って手作りの運営が進められる、大きな志を持った独自の施設です。
皆さんには今後は同窓生として、あとに続く後輩のために様々なお力添えをお願いいたします。記念館を気軽に利用して集まって頂きたいです。「成人の日」を迎える2年後には、今年の先輩達と同様に、卒業を祝う会をカフェテリアで開いて頂きたいです。湘南学園は、皆さんの大切な母校であり続けたいと思います。これからもよろしくお願いいたします。
それでは皆さんどうかお元気で! 以上で私からのお祝いの言葉といたします。