第1417回 勉強の意味
「なんでこんなに辛い思いをしてまで勉強をしなければならないか?」と多くの諸君が苦しい思いをしたことがあるのではないだろうか。私もそうだった。勉強はいつの時代であっても、つらいものなのかもしれない。
何のために勉強するのか。
なぜ勉強があるのか。勉強をしたその後にはどのような良いことが待っているのだろうか。
多くの人が「重たいな・・・」と思う勉強。
君は、「勉強などなくなってくれたら・・・・」と願うかもしれない。では、なぜなくならないのか。君は、すでにその答えに気付いているかもしれない。
「勉強したことが実ると人間は向上するのではないか・・・。」君はすでに勉強の良さを知っているのかもしれない。
突き詰めて考えれば、勉強の目的とは「よりよく生きる術(すべ)を身につけること」なのではないか。言い換えると「幸福になること」なのではないか。「勉強は、幸福になるためのもの」だとすれば、少し素直な気持ちになれるのではないか。
では反対の問い・・・。勉強をしない人は不幸になってしまうのか?
そんなことはない。
大昔は学校などなかった。学校のない時代に生きた人たちは不幸だったのか・・・・。もちろんそんなことはない。どの時代であっても、人には幸福になることができたはずだ。だから、勉強をする人の人生と勉強をしない人の人生のどちらが正しい人生なのか比較することなどできない。人間の価値が等しいのと同じように、すべての人の命や人生には大切な意味がある。意義があるのだ。
さて、それでは君に突きつけられた問題は何なのかというと、学生時代にちゃんと勉強をしたという人生を選択するか、そうではない別の人生を選択するかという問題なのである。君はこれらのどちらの人生を選択するのか。これは、君自身の人生設計の問題だから重要である。君の人生に対する責任は、君がとる。君のご家族の方々も我々教師も君の人生に対して責任をとらない。とれないのだ。応援するだけだ。あとで気が付いたら、「ボクの人生、どうしてくれるんだ・・・」などと悲しいことを言わないですむように、今ここで考えてみよう。君はどのような人生を送るつもりなのか。
「だって数学なんて生きることに関係ないのではないか。・・・・・・」というとても便利な「言いわけ」がある。この一言を口にした経験があるという人は結構いるかも知れない。「数学なんて生きることに関係ない」というのは実に愚かな決めつけである。たしかに数学という学問の世界を知らなくても「生きること」はできる。「幸福になること」もできる。それならなぜ数学の勉強をすることに意義があるのか?この答えも実に簡単である。数学によって得られたものを蓄えた人は、数学の勉強で得たことを通じて自分の人生を豊かにすることができるのだ。これと同様に絵が上手な人、踊りが上手な人、楽器や歌のできる人は、他の人に自分の意志や感情を伝える手段をたくさんもっているということになる。つまり絵が描けなくても「生きることはできる」し、「幸福にもなれる」。しかし絵が描けたら、よりいっそう幸福になれるのではないか。自分の想いを人に伝える方法がたくさんあるのは、きっと素敵なことだ。
歴史を学ぶと何を発見するというのか。古典の学習を追求すると何が得られるのだろうか。化学の勉強をして何か良いことがあるのだろうか。これらの問いに対する共通の答えがある。
(1)勉強で努力する人は「勉強が自分の人生で役に立つ。」
(2)勉強で努力しない人は「勉強が自分の人生で役に立たない。」
以上である。ただそれだけのことである。
「勉強なんて何の役にも立たない・・・・」という決まり文句がある。苦しさから逃げたいときに都合の良いセリフ。こういうセリフを誰かが言うかも知れない。もしかしたら君自身が言うかも知れない。ただ、このセリフを聞いた人は君に共感しないかもしれない。
君たちの周囲で、スポーツとか何かに一生懸命打ち込んでいる人がいるだろう。君にとって、一生懸命に努力したことは、どのようなことであっても人生の中で大きな意味を持っているのではないだろうか。そして、そういう君も知っているように、逃げ出さずに努力した人には「ご褒美」が待っている。これがどのような「ご褒美」なのか、君は知っている人かもしれない。それは「自分自身を誇りに思える」という「ご褒美」である。これは世界一のお金持ちなるよりも「気持ちのいいご褒美」なのではないか。日頃からそういう「ご褒美」をいっぱいもらっている人は、気持ちが晴れ晴れとしているだろう。心の中も豊かだろう。自分を肯定しているのだろう。(私見だが)そういう人は、他者に意地悪なことをしないのだ。
君はどうだろうか。自分を肯定することができているだろうか。もしできていないのであれば・・・・。できるようになってみよう。どうするのか・・・・? 方法は簡単である。自分を見つめさえすればいい。自分で自分を叱ってあげればいい。 たった一度の人生である。幸福に生きる知恵を持とうではないか。